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第3話 新学年

last update Last Updated: 2025-05-21 16:50:57

 高校二年生、今日からまた新しいクラス。

 あゆは少しの期待を胸に、教室に一歩踏み出した。

 その瞬間、何かにつまづいて転んでしまう。一瞬混乱したがすぐに理解した。

 誰かが足をひっかけ、転ばしたのだ。

 すぐ後ろで、女子の小さな笑い声が聞こえてくる。

 クラスが変わればいじめも減るかと期待するが、それは大きな間違い。毎年期待を裏切られていることを忘れ、また期待してしまう自分に嫌気がさす。

 こんなこと慣れている、大丈夫。

 自分を奮いたたせ、立ち上がろうとする。

 そのとき、あゆの肩を誰かが叩いた。

「おはよう、木立さん。また同じクラスだね、よろしく」

 声をかけてきたのは、上杉(うえすぎ)京夜(きょうや)。

 彼とは一年のとき一緒のクラスで、なぜか話す機会が多かった。

 学年トップをキープするほど頭がよく、ルックスもいいので女子に人気があった。

 彼は人から好かれる術を心得ているようで、先生からの信頼も厚く、なぜか男子からも好感を得ている。

 あゆとは違い、世渡り上手だ。

 しかしそんな彼が、なぜかあゆにはよく絡んでくる。

 そして、他の人に対する態度とあゆに対する態度は、あからさまに違っているのだ。

「あ、顔にご飯粒がついてますよ」

「えっ!」

 あゆは慌てて鏡を鞄から出そうとする。その拍子に鞄の中身が床に散乱した。

 急いで拾い集めると鏡を探し出し、それに映った自分を凝視する。

 どこにもご飯粒なんてついていない。

「上杉君、どこについてるの?」

 不思議そうな表情であゆが京夜を見つめると、彼は下を向き必死に笑いを押し殺していた。

 その様子を見て、やっとからかわれていたことにあゆは気づく。

「……またからかったの!」

 真っ赤になったあゆが頬を膨らませる。

 笑い終えた京夜は、満足そうに頷き、他の人には見せない意地悪な笑みを見せた。

「騙される方が悪いんですよ」

 京夜はさっさと自分の席へ戻っていく。

 あゆは悔しい気持ちを抱えながら、その背中を見送ることしかできない。言い返しても勝てっこないのは実証済みだった。

 いつもこんな感じであゆをからかう京夜。

 普段の彼は紳士的で誰に対しても優しい。が、あゆにだけ意地悪だ。

 あゆ自身困っているのだが、周りの女子にはそんな二人が仲良く見えるらしく、あゆは女子から敵視されていた。

 ただでさえいじめられるのに、彼のせいで増幅されているような気がしてならない。

 そんなことは関係ないというように、京夜はおかまいなしだ。

 絶対私が女子から嫌われていることは知っているはず。自分が人気者ということも彼はわかっている。

 からかって遊ぶのは彼の趣味のようなもの。それに私が選ばれ、おもちゃにされているのだ。

 あゆは京夜に嫌がらせされているとしか思えなかった。

 新しい教室といっても、特に何も変わらない。

 ただ変わるのは、クラス替えで変わるクラスメートと担任の先生くらいだった。

 あゆにとってクラス替えは重要なことだ。

 これまで繰り返されてきたいじめの数々から、逃れられる可能性があるかもしれないからだ。

 しかし、先ほどの女子たちの反応を見る限り、それは期待できそうにもない。

 ガラガラッ。

 教室の前の戸が開き、教師が入ってきた。

 初めて見る先生だ。

 生徒たちは一斉に着席する。

 見慣れない教師に、興味津々の様子で生徒たちがささやき出す。

 特に女子が騒ぎ始めていた。

「かっこよくない?」

「イケてる」

「あれが担任? ラッキー」

 女子の囁く声が次々に飛び交う中、熱い視線を受けるその教師はにこやかに挨拶を始める。

「このクラスの担任になりました、須藤(すどう)螢(ほたる)といいます。よろしくお願いします」

 須藤が微笑むと女子から歓声が上った。

「先生! 彼女いますか?」

 さっそく女子たちの質問大会が始まる。

 女子たちの目が獲物を狙う目つきに変貌していた。

「今のところ、いませんね」

 須藤の返答に、女子の歓喜の声が湧いた。

「じゃあ、どんな女性が好みですか?」

 女子の期待を込めた視線が須藤に向けられる。

「そうですねえ……優しい人、ですかね」

 須藤があゆを見て微笑んだ――ような気がした。

 あゆは須藤と目が合ったことに驚く。

 しかしすぐに視線は外される。

 他の生徒は誰も気づいていない。

 相変わらず女子は騒いでいて、男子はふてくされている。

 きっとたまたま目が合っただけだ。

 あゆは気のせいだろうと思うことにした。

 それからも、須藤は女子の質問攻めに笑顔で答えていった。

 とても好感が持てる先生のようで、いつの間にか男子とも打ち解けていた。

「みなさん、もうそろそろ、質問タイムは終わりにしましょう」

 少しブーイングが起こったが、みんな素直に従う。

 生徒たちはもう、須藤になついてしまったようだった。

 大地もあゆと同じクラスだった。

 一年のときは違ったから、あゆの様子を把握するのが大変だったが、これからは楽になりそうだ。

 あゆを観察していると、つくづく思う。

 どうしてあんなに自分に自信がないのだろう。

 自分のことなんて、誰も関心ないと思っているに違いない。

 幼い頃に出会ったあゆは、何かを抱えている影はあったものの、まだ純粋無垢で、天使のような笑顔を持つとても愛らしい少女だった。

 今も純粋無垢なのは変わらないのだが――心の内で何かを秘め、殻に閉じこもり人を拒絶しているように感じられた。

 大地が見つめる先には、あゆがいた。

 あゆはうつむき加減で愛想笑いばかり浮かべている。

「昔は、あんな奴じゃなかったのに……」 

 大地は寂しそうにあゆから視線を外した。

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